裁判で真実なんてわからない。ビハイアパワハラ事件で莉加さんの死の原因を私たちは自分で考える。納得いくま考える。

弁護士作花知志さんブログ裁判で「真実」は見つかるのかを読んで勉強しました。

民事訴訟の当事者は,おそらく一人も残らず「裁判で真実を発見してほしい。真実を知りたい。」と思われているはずです。でも,経験豊富な瀬木裁判官は,「裁判は,絶対的な真実を求める場ではなく,相対的な真実を探求する場である」と言われるのです。

だって…結局裁判なんかで真実なんてわからないんだ。こんな裁判で莉加さんの死の原因なんてわからない。ちょっとは原因究明の手助けになるかもしれない。でも結局自分たちで調べて動くしかないんだ。それでも裁判所の資料は裁判官さんがチェックしてるから少しは真実に近づく手助けくらいにはなるかもしれない…でもそれすら見ずにネットで莉加さんの死を考察したりする人たちを私たちは軽蔑します。

弁護士作花知志さんブログ

裁判で「真実」は見つかるのか

https://ameblo.jp/spacelaw/entry-10880580118.html

後半を使わせてもらいました。

民事訴訟の当事者は,おそらく一人も残らず「裁判で真実を発見してほしい。真実を知りたい。」と思われているはずです。でも,経験豊富な瀬木裁判官は,「裁判は,絶対的な真実を求める場ではなく,相対的な真実を探求する場である」と言われるのです。


瀬木裁判官が言われる「相対的な真実」とは何か,と思われませんか。「真実」は一つであるはずなのに,それが「相対的」であるとはどういうことなのか・・。

私の拙い考えでは,それはきっと,これまでの記事にも書いてまいりましたように,裁判は元々完全ではなく不完全な存在である人間が,それでも社会をより良い姿にするために生み出した知恵である,ということとも関係していると思うのです。


瀬木裁判官の問題提起について,皆さんはどう思われますでしょうか。

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